思春期の子どもが「言いたいこと」を飲み込むのはなぜ?脳の発達と心理を知り、自己表現を促す親の関わり方
はじめに
思春期のお子様と向き合う中で、「うちの子は自分の意見を全然言わない」「何を考えているのか分からない」と感じることはありませんか。あるいは、何かを提案しても曖昧な返事で濁されたり、納得していない様子なのに反論してこなかったりといった状況に、もどかしさを覚える方もいらっしゃるかもしれません。
お子様が「言いたいこと」を飲み込んでしまう背景には、思春期特有の心理や脳の発達が関係しています。これは、単にコミュニケーション能力が低いという問題ではなく、この時期に誰もが経験しうる、自己確立のプロセスにおける葛藤や不安が影響している場合が多いのです。
では、なぜ思春期の子どもは自分の意見を言いにくくなるのでしょうか。そして、親はどのように関われば、子どもが安心して自己表現できるようになるのでしょうか。ここでは、心理学や脳科学の知見を基に、その理由と具体的な親の関わり方について解説します。
思春期の子どもが意見を言いにくくなる背景
思春期は、子どもから大人へと変化していく過渡期であり、心身ともに大きな変化を経験します。この時期に子どもが自分の意見を言いにくくなる要因として、主に以下の点が挙げられます。
1. 脳の発達段階
思春期の脳は、大人と同じように機能しているわけではありません。特に、思考や判断、感情の制御、コミュニケーションに関わる「前頭前野(ぜんとうぜんや)」は、この時期に再編成が進み、その完成は20歳を過ぎてからと言われています。
この前頭前野の発達途上にあるため、思春期の子どもは衝動的な行動を取りやすい一方で、複雑な状況判断や、自分の内面を言葉にして整理することが苦手な場合があります。また、自分の意見を言うことで生じるかもしれないリスク(否定される、笑われるなど)を過度に恐れたり、自分の感情や考えが整理できずに、そもそも何を言いたいのか自分でも分からなくなったりすることも考えられます。
2. 自己肯定感の揺らぎと他者評価への敏感さ
思春期は、自分は何者なのか、という「アイデンティティ(自己同一性)」を模索する時期です。この過程で、自分の価値や能力に対する「自己肯定感」が大きく揺らぎやすくなります。
自己肯定感が低いと、自分の意見に自信が持てず、「どうせ自分の考えなんて間違っている」と思い込んでしまうことがあります。また、この時期は友人関係が非常に重要になり、他者からの評価を過剰に気にするようになります。自分の意見を言うことで友達からどう思われるか、親にどう思われるかといった不安が、「言いたいことを飲み込む」という行動につながることがあります。否定されることへの恐れが、自己表現のブレーキとなるのです。
3. 自律性の確立と親からの心理的離乳
思春期は、親から精神的に自立しようとする時期でもあります。親の価値観や期待から離れ、自分自身の考えや判断基準を確立しようとします。
しかし、この自立のプロセスは順調に進むとは限りません。親に反発したい気持ちがある一方で、まだ親に頼りたい、認められたいという気持ちも同居しています。このような複雑な感情から、自分の意見をストレートに伝えることに抵抗を感じたり、親との意見の衝突を避けようとしたりすることがあります。また、親からの干渉を嫌うあまり、自分の内面を閉ざしてしまうことも考えられます。
子どもの自己表現を促す具体的な関わり方
これらの背景を踏まえ、親はどのように子どもに接すれば良いのでしょうか。大切なのは、子どもが安心して自分の意見を言える「安全な環境」を作り、自己表現を促すことです。
1. 子どもの意見を「否定しない」姿勢を示す
最も基本的なことですが、子どもの意見や考えを頭ごなしに否定したり、嘲笑ったりすることは避けてください。「それは違う」「そんな考え方じゃダメだ」といった否定的な言葉は、子どもが次に意見を言う機会を奪ってしまいます。
たとえ子どもの意見が未熟に感じられたり、親の考えと異なったりしても、まずは「そう考えたんだね」「そういう風に感じたんだね」と、子どもの内面を受け止める姿勢を示しましょう。これにより、子どもは「自分の意見を言っても大丈夫だ」という安心感を得られます。
2. 「聞く」ことに徹する:傾聴の姿勢
子どもが何か話し始めたら、口を挟まずに最後まで聞くことを心がけてください。話し方を指導したり、解決策をすぐに提示したりするのではなく、まずは子どもの言葉に耳を傾けましょう。
相槌を打ったり、うなずいたりしながら、「聞いているよ」というサインを送ることも大切です。子どもが言葉に詰まることがあっても、急かさずに待つ余裕を持つようにしましょう。子どもは、親が自分の話に真剣に耳を傾けてくれることで、「自分の考えには価値がある」と感じ、自己肯定感につながります。
3. 共感的な声かけを意識する
子どもの感情や状況に寄り添う「共感的な声かけ」は、子どもが心を開く鍵となります。「大変だったね」「それは嫌な気持ちになったね」など、子どもの感情を言葉にして返すことで、子どもは理解されていると感じます。
「なぜそう思ったの?」と理由を問いただす前に、まずは感情に焦点を当ててみてください。感情を受け止めてもらった後に、落ち着いて自分の考えを整理し、話せるようになることがあります。
4. 小さなことから意見を聞き、尊重する練習をする
いきなり難しいテーマについて意見を求めるのではなく、日常生活の中のささやかなことから意見を聞く機会を増やしてみましょう。今日の夕食のメニュー、週末の過ごし方、見てみたい映画など、子どもが気軽に答えられる質問から始めてみてください。
子どもが意見を言ったら、それがどんな内容であれ、「教えてくれてありがとう」といった感謝を示したり、「面白い考えだね」とポジティブに反応したりするなど、尊重する姿勢を見せることが重要です。子どもの意見を実際に採用することも、自己肯定感を育む上で大きな効果があります。
5. 「正解」を求めないオープンクエスチョンを使う
子どもに考えさせる質問をする際は、「はい」「いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンではなく、「どう思う?」「あなたならどうしたい?」といったオープンクエスチョンを使うようにしましょう。
ただし、これは「正解」を引き出すための尋問ではなく、あくまで子どもの考えそのものを引き出すための問いかけです。子どもが「分からない」と答えることもあるでしょう。その場合は、「そうだね、難しいよね」「一緒に考えてみようか」など、子どもが困っている状況に寄り添うことが大切です。無理強いはせず、考えるプロセスを共有する姿勢を示しましょう。
6. 親自身が適切に自己表現する姿を見せる
親が自分の感情や意見を適切に言葉にして表現する姿を見せることも、子どもにとっては学びになります。感情的にならず、論理的に自分の考えを伝える練習を親自身が行うことで、子どもは自己表現の方法を学びます。
また、親が自分の失敗談や苦手なことを話す姿を見せることで、「完璧でなくても良いんだ」「間違えても大丈夫だ」という安心感を子どもに与え、自己開示へのハードルを下げることにつながります。
応用・発展的な視点
思春期の子どもが自分の意見を言えるようになることは、将来、社会で自分の考えを伝え、他者と協力していく上で非常に重要なスキルです。家庭内で安全に自己表現の練習を積むことは、学校や社会での自己肯定感や適応力にもつながります。
もし、子どもが極端に自分の意見を言えなかったり、人前で話すことに強い不安を感じたりするようであれば、それは単なる思春期の一過性の問題ではなく、より深い心理的な要因が関係している可能性もあります。そのような場合は、学校のカウンセラーや地域の相談機関、児童精神科医などの専門家に相談することも視野に入れてください。専門家は、子どもの状態を詳しく評価し、適切なサポートやアドバイスを提供してくれます。
まとめ
思春期の子どもが「言いたいこと」を飲み込んでしまう背景には、脳の発達段階、自己肯定感の揺らぎ、他者評価への敏感さ、自律性の確立といった複雑な要因が絡み合っています。これは決して特別なことではなく、多くの思春期の子どもに見られる傾向です。
親ができることは、子どもを一方的に責めるのではなく、なぜそうなってしまうのかという背景を理解し、子どもが安心して自分の意見を言える「安全な環境」を家庭内に作り出すことです。子どもの意見を否定せず、真剣に耳を傾け、共感的な声かけを心がけ、小さなことから自己表現の機会を提供し、親自身が適切に自己表現する姿を見せること。これらの具体的な関わりを通して、子どもは徐々に自分の考えや気持ちを言葉にする自信をつけていきます。
長い目で見守り、焦らずに関係性を築いていくことが、思春期の子どもの健やかな自己確立と自己表現能力の向上につながるでしょう。