思春期の子どもが親に感謝を示さない理由:心理学・脳科学から探る背景と、親ができる具体的な関わり方
思春期になると、幼い頃には当たり前にあった「ありがとう」という言葉や感謝を示す態度が、ぱたりと見られなくなることがあります。親としては、これまでどれだけ愛情を注ぎ、支えてきたかと思うと、寂しさや腑に落ちない気持ちを抱くかもしれません。なぜ思春期の子どもは、親への感謝を示さなくなるのでしょうか。それは、親の愛情や苦労を理解していないからなのでしょうか。
この問題の背景には、思春期特有の心理的・脳科学的な発達が深く関わっています。子どもの成長過程で起こる自然な変化として捉えることで、親自身の気持ちも少し楽になり、子どもとの関わり方も見えてくるはずです。
思春期の子どもが感謝を示さなくなる背景:心理学と脳科学の視点
思春期は、子どもが親から精神的に自立し、自分自身のアイデンティティを確立しようとする非常に大切な時期です。この過程で、親との関係性が大きく変化します。
1. 心理的な自立と親からの分離
思春期の子どもは、自分を一個人として確立しようとします。このプロセスにおいて、親への依存を無意識のうちに否定したり、親の存在を「当たり前」と感じることで、自立の足がかりにしようとすることがあります。親の世話や支えを改めて意識し、感謝を表現することは、彼らにとって「まだ親に頼っている自分」を認めることのように感じられ、自立への抵抗と映るのかもしれません。
2. 脳の発達段階
思春期の脳は、大人と同じ形をしていても、その機能的な発達は進行中です。特に、感情のコントロール、将来の見通し、他者への配慮といった高度な機能を司る前頭前野は、20歳代半ば頃まで発達が続くと考えられています。
- 衝動性や感情の優先: 前頭前野の機能が未熟なため、瞬間的な感情や欲求に突き動かされやすく、長期的な視点や他者の気持ちを深く推測する能力が発達途上にあります。感謝という感情を認識し、それを適切な形で表現するという複雑なプロセスが、まだスムーズに行えない場合があります。
- 扁桃体の感受性: 感情を司る扁桃体は、思春期に感受性が高まります。これにより、感情的な反応が強くなる一方、他者の感情を冷静に理解したり、自分の行動が他者に与える影響を推測したりすることが難しくなることがあります。親の苦労や心配を想像し、感謝の気持ちを持つこと、あるいはそれを表現することにまで考えが及ばない可能性があります。
- 報酬系の変化: 思春期は、脳の報酬系が大きく変化し、友人からの承認や新しい経験といった外部からの刺激に強い喜びを感じやすくなります。これにより、親からの無条件の愛情や日々のサポートといった「当たり前」の報酬に対する感受性が相対的に低下し、感謝の念が湧きにくくなることが示唆されています。
3. 感謝の概念の理解
感謝の気持ちを持つことと、それを言葉や態度で表現することは、異なるステップです。感謝の概念そのものや、それを社会的にどのように表現するかといった、より洗練された社会性の発達も思春期を通じて深まっていきます。
親ができる具体的な関わり方と実践的アドバイス
思春期の子どもが感謝を示さないことは、必ずしも親への愛情がないことを意味しません。それは彼らの発達過程の一部として理解し、親自身が冷静に対応することが重要です。
1. 親自身の期待値を調整する
まず、思春期の子どもが幼い頃のようにストレートに感謝を表現することを期待しないことです。彼らは親に反抗的な態度をとったり、距離を置こうとしたりしますが、これは自立の過程であり、親の存在を否定しているわけではありません。この時期は、感謝の言葉よりも、無事に成長していること、何か困ったときに親を頼れる関係性を維持できていることなどに価値を置くように、親自身の意識を転換することも助けになります。
2. 日常の小さな行動に感謝を示す
子どもに感謝の気持ちを直接的に求めるのではなく、親自身が日頃から具体的な行動に対して感謝や労いを伝える習慣を持ちましょう。
- 例:「夕飯の準備を手伝ってくれてありがとう。早くできて助かったよ。」
- 例:「今日、疲れてるのにゴミ出ししてくれてありがとう。本当に助かった。」
- 例:「今日、遅くまで勉強してたんだね。頑張ってる姿、お母さん(お父さん)は嬉しいよ。」
大きなことではなく、日々の些細なことに対して「ありがとう」と伝えることで、感謝を示すことの重要性や心地よさを子どもに示唆することができます。親が具体的な行動に対して感謝を伝えることで、子どもも「どんな行動が感謝につながるのか」を具体的に学ぶことができます。
3. 「当たり前」を意識的に崩す
家庭内で当たり前だと思われている役割や行動について、たまには意識的に感謝の言葉を伝えてみましょう。
- 例:「いつもお風呂を洗ってくれてありがとうね。お陰で毎日気持ちよく入れるよ。」(子どもが担当している場合)
- 例:「お父さんが毎日仕事頑張ってくれてるから、私たちは安心して生活できてるんだね。」(直接子どもに言うのではなく、他の家族との会話の中で触れるなど)
このように、親自身が家庭内の「当たり前」にも感謝の気持ちを持って生活する姿勢を見せることは、子どもにとって良いモデルとなります。
4. 感謝の「形」にこだわらない
感謝の表現は、言葉だけではありません。思春期の子どもは、照れくささから言葉で伝えられなくても、親が体調を崩したときに心配そうな顔をしたり、頼まれたことを文句を言いながらもやってくれたり、小さな気遣いを見せたりすることがあります。そのような言葉にならない感謝のサインを見つける努力をすることも大切です。そして、そのようなサインを見つけたら、「心配してくれたんだね、ありがとう」のように、親が言葉にして返すことも効果的です。
5. 親自身の感情ケアも大切に
感謝されないことへの寂しさや虚しさは、親であれば当然感じる感情です。これらの感情を一人で抱え込まず、パートナーや友人、信頼できる人に話を聞いてもらったり、趣味や自分の時間を大切にしたりして、親自身の心を満たすことも非常に重要です。親が精神的に安定していることが、子どもとの良い関係性を築く上で最も基本となります。
避けるべきNG行動
- 感謝を強要する: 「〇〇してあげたのに、ありがとうも言えないの?」のように、恩着せがましい言い方や感謝を強要する態度は、子どもの反発を招くだけです。
- 他の子どもと比較する: 「〇〇ちゃんはちゃんとお母さんにありがとうって言えるのに」など、他の子と比べることは、子どもの自己肯定感を傷つけ、親子の関係性を悪化させます。
- 過去の恩を持ち出す: 「あなたが小さい頃、これだけ大変だったのに」と過去の苦労を持ち出すことは、子どもに罪悪感を抱かせ、健全な関係構築を妨げます。
- 感情的に責める: 感謝されないことへの親の感情をそのまま子どもにぶつけることは、子どもを混乱させ、親への不信感を募らせる原因となります。
まとめ
思春期の子どもが親に感謝を示さなくなるのは、彼らが自立の過程にあり、脳が発達途上にあることから起こる自然な現象です。これは、親の愛情を理解していないわけではなく、感謝を認識し表現することがまだ難しい段階にあると理解することが大切です。
親は、子どもに直接的な感謝を求めるのではなく、親自身が日々の生活の中で感謝を示す姿勢を見せること、子どもの小さな行動に具体的に感謝を伝えること、そして感謝の「形」にこだわりすぎないことが重要です。また、親自身の心のケアも忘れずに行いましょう。
この時期に言葉にならない感謝のサインを見逃さず、冷静かつ具体的な関わり方を続けることで、思春期という難しい時期を乗り越え、その後のより成熟した親子関係を築くための土台となります。