思春期の子どもが親の期待通りにならない:心理学と脳科学から探る原因と親ができる具体的な関わり方
思春期の子どもが親の期待通りにならない:その背景と親ができること
思春期になると、それまで素直だった子どもが親の言うことを聞かなくなったり、親が望む方向とは違う道を選ぼうとしたりすることが増えてきます。親としては「この子のために良かれと思って言っているのに」「なぜ分かってくれないのだろう」と戸惑いやがっかりした気持ちを抱くことも少なくないかもしれません。このような「親の期待と子どもの現実とのギャップ」は、思春期に特有の課題の一つと言えます。
本記事では、このギャップが生じる背景を心理学や脳科学の知見から解説し、親がどのように子どもと関わっていくべきか、具体的なアプローチをご紹介します。
思春期の子どもが親の期待通りにならない背景
思春期の子どもが親の期待通りに行動しないのは、単なる反抗やわがままだけが理由ではありません。そこには、この時期特有の脳や心の変化が深く関わっています。
1. 思春期の脳の発達
思春期は、脳が大きく変化する時期です。特に、自己を制御したり、将来の計画を立てたりする前頭前野(ぜんとうぜんや)はまだ発達の途上にあります。一方で、感情や衝動を司る扁桃体(へんとうたい)や、快感を感じる報酬系(ほうしゅうけい)の働きが活発になります。これにより、子どもはリスクを恐れずに新しい経験を求めたり、自分の感情に突き動かされて行動したりしやすくなります。
また、思春期は自己アイデンティティを確立しようとする重要な時期です。親の価値観や期待から距離を取り、自分自身の考えや興味を探求することが、自立に向けた自然なプロセスなのです。親の期待に沿うことよりも、「自分は何者か」「何をしたいのか」を見つけようとする内的な動機が強まります。
2. 親の「期待」が生じる心理的背景
親が子どもに期待をかけるのは、愛情や子どもの幸せを願う気持ちからくるものがほとんどです。しかし、その期待には、親自身の過去の経験、社会的な価値観、あるいは親自身が成し遂げられなかったことの投影などが無意識のうちに含まれていることがあります。
心理学では、このような親の無意識の期待が子どもに影響を与えることを指摘しています。親が強く期待するほど、子どもは「親の期待に応えなければ」というプレッシャーを感じ、それがストレスとなったり、かえって反発を生んだりすることがあります。また、親の期待に応えられない自分を否定的に捉え、自己肯定感が低下してしまう可能性も考えられます。
期待を手放し、信頼を築くための具体的な関わり方
思春期の子どもとの関係において、「期待」を「信頼」に変えていくことが、より健全なコミュニケーションを築く鍵となります。以下に、具体的なアプローチをご紹介します。
1. 親自身の期待を客観的に見つめ直す
まず、親自身が子どもにどのような期待を抱いているのか、それが本当に子どものためになることなのかを冷静に分析してみましょう。
- 期待の源泉を探る: その期待は、本当に子どもの能力や興味に基づいていますか? それとも、親自身の経験や世間体、過去の願望などが反映されていませんか?
- 理想と現実の区別: 子どもは親とは異なる一人の人間であることを認識し、親の理想通りにならなくても価値があることを理解します。
2. 子どもを「あるがまま」に受け入れる
子どもが親の期待とは違う選択をしたり、失敗したりしても、人格を否定せず、その子の存在そのものを受け入れる姿勢を示すことが重要です。脳科学的には、安全で受け入れられていると感じる環境は、子どもの脳の前頭前野の発達を促し、健全な自己肯定感を育むことにつながると考えられています。
- 肯定的な関わり: 子どもの良い点や努力を具体的に認め、言葉で伝えるようにします。「〜しなさい」ではなく、「〜してくれてありがとう」のように、子どもの行動を肯定的に捉え直す練習をします。
- 無条件の肯定: 結果や成果に関わらず、「あなたの味方だよ」「どんなあなたでも大切だよ」というメッセージを態度や言葉で伝えます。
3. 期待ではなく「応援」に焦点を当てる
期待は「〜になってほしい」という願望ですが、応援は「〜するあなたをサポートするよ」という姿勢です。応援は、子どもの内発的動機付け(自分で「やりたい」と思う気持ち)を尊重し、引き出すことにつながります。
- 質問で引き出す: 親が答えを与えるのではなく、「どうしたい?」「どうすればいいと思う?」と質問し、子ども自身に考えさせ、選択肢を探す手助けをします。
- プロセスを承認: 結果だけでなく、目標に向かって努力するプロセスや、そこから学んだことを認め、労います。
4. 具体的な傾聴と声かけの技術
子どもが話してきたときには、スマートフォンを置くなどして、子どもに注意を向け、真摯に耳を傾けます。
- 「そうなんだね」「なるほど」といった相づち: 子どもの話を中断せず、最後まで聞く姿勢を示します。
- 「~ってこと?」「つまり~ということかな」と内容を確認: 理解できているかを確認し、子どもは「聞いてもらえている」と感じられます。
- 感情に寄り添う言葉: 「大変だったね」「悔しかったんだね」など、子どもの感情を言葉にして返すことで、共感を示します。
5. 親が子どもにかけてしまいがちな「期待を込めたNG声かけ」と代替案
無意識のうちに子どもにプレッシャーをかける言葉をかけてしまうことがあります。
- NG例: 「あなたならできるはずなのに」「なぜもっと頑張らないの?」「普通は〜するものよ」
- 代替案: 「何か困っていることはない?」「どうしたらうまくいくか一緒に考えてみようか」「あなたのペースで大丈夫だよ」
このような声かけは、子どもの現状を受け入れ、サポートする姿勢を示すことにつながります。
応用・発展的な視点:大きな決断における関わり方
進路選択など、子どもの人生における重要な決断の場面でも、親の期待が強く出てしまいがちです。このような時こそ、子どもが主体的に考え、納得して選択できるようにサポートすることが重要です。
- 情報の提供と共有: 親の一方的な考えを押し付けるのではなく、子ども自身が必要な情報を集め、検討できるよう手伝います。
- 選択肢を共に考える: いくつかの選択肢のメリット・デメリットを、子どもの視点に立って一緒に考えます。
- 最終的な決定は子どもに委ねる: 安全が確保され、社会的に許容される範囲であれば、最終的な決定権は子どもに持たせます。たとえ親の期待と違う選択でも、その選択を尊重し、応援する姿勢を示します。このプロセスは、子どもの自己決定能力と責任感を育みます。
親が期待を手放し、子どもを一人の人間として信頼し、応援する立場に回ることは、思春期という難しい時期の子どもとの関係を良好に保ち、子どもの健全な自立を促す上で非常に重要です。
まとめ
思春期の子どもが親の期待通りにならないのは、彼らが自分自身のアイデンティティを確立し、親からの自立を目指す自然な成長過程にあります。親が抱く期待は、時には子どもにプレッシャーを与え、関係性をぎくしゃくさせる原因となることもあります。
脳科学や心理学の知見からも、子どもを「あるがまま」に受け入れ、期待ではなく信頼と応援の姿勢で関わることが、子どもの自己肯定感を育み、長期的な親子関係を良好に保つために有効であることが示されています。親自身の期待を見つめ直し、子どもへの具体的な傾聴や肯定的な声かけを実践することで、思春期という変化の時期を子どもと共に乗り越え、より深い信頼関係を築いていくことができるでしょう。