思春期の子どもが自分で決められない・決断できない理由:脳の発達と心理を知り親ができる具体的なサポート
思春期の子どもが自分で物事を決められない、目標を持たないように見える背景
思春期を迎えたお子様を見ていると、進路のこと、日々の生活のこと、さらには自分の好きなことについてさえ、「どうしたいの」と尋ねてもはっきりした答えが返ってこない、自分で決められないように見える、と感じることはないでしょうか。あるいは、将来の目標について尋ねても漠然としていたり、「やりたいことがない」と言われたりすることもあるかもしれません。
親としては、「このままで大丈夫だろうか」「将来どうなるのだろう」と心配になったり、つい先回りして口を出したくなったりすることもあるかと思います。思春期の子どもが自分で物事を決めたり、明確な目標を持つことが難しく感じられるのには、この時期特有の脳や心の状態が関係しています。
この記事では、思春期の子どもが自分で決められない、決断が難しいと感じる背景にある脳科学的、心理学的な理由を解説します。そして、親がどのように子どもをサポートすることで、子ども自身が考え、選択し、行動する力を育んでいけるのか、具体的な方法についてご紹介します。
思春期の脳と心の状態が意思決定に与える影響
思春期は、子どもから大人へと成長する重要な移行期です。この時期には、心と体の変化に加え、脳も劇的に発達します。特に、意思決定、計画立案、感情の抑制、長期的な視点などを司る「前頭前野(ぜんとうぜんや)」と呼ばれる脳の部位は、思春期にかけて大きく変化しますが、その発達は20代半ば頃まで続くとされています。
- 前頭前野の発達途上: 前頭前野が発達途上にある思春期の子どもは、物事の優先順位をつけたり、将来の結果を予測して計画を立てたりすることが、大人に比べてまだ得意ではありません。衝動的な行動を取りやすかったり、リスクを十分に評価できなかったりするのも、この前頭前野の機能が関係しています。
- 不確実性への耐性: 未来のことや、まだ経験したことのないことに対する不確実性に対して、強い不安を感じやすい傾向があります。自分で決めることは、時に失敗や後悔のリスクを伴うため、その不確実性を避けるために決断を保留したり、誰かに決めてもらいたいと感じたりすることがあります。
- 心理的な背景:
- 自己肯定感の低さ: 自分には決める能力がない、どうせ間違った選択をしてしまうだろう、といった自己肯定感の低さが、自分で決めることへの自信を失わせます。
- 失敗への恐れ: 過去の失敗経験や、失敗することへの過度な恐れから、決断すること自体を避けるようになります。挑戦しないことで失敗も避けられる、という心理が働きます。
- 過干渉による主体性の欠如: 小さい頃から親が多くのことを決めてきた場合、子ども自身が「自分で考えて決める」という経験を十分に積めていないことがあります。自分で決めようとしても、どうすれば良いか分からない、という状態になります。
これらの脳と心の状態が複雑に絡み合い、「自分で決められない」「目標が見つけられない」という思春期の子どもの様子につながっていると考えられます。これは決して、子どもが怠けているわけでも、親の愛情が足りないわけでもありません。この発達段階における自然な葛藤や課題として捉えることが大切です。
自ら考え行動する力を育む親の具体的なサポート
思春期の子どもが自分で決められない・決断できない状況に対して、親はどのように関われば良いのでしょうか。子どもに代わって決めてしまうのではなく、子ども自身が考え、選択し、行動する力を育むための具体的なサポート方法をご紹介します。
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小さな選択から機会を与える 大きな決断の前に、まずは日常生活における小さな選択肢から子どもに委ねてみましょう。例えば、「今日の夕食はAとB、どちらにしたい?」「週末は友達と遊ぶ?それとも家族で過ごす?」など、子どもが自分で考えて決定する機会を意識的に作ります。最初は簡単な選択から始め、徐々に選択の幅を広げていくことが有効です。
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問いかけ方を工夫する 「どうしたいの?」という漠然とした問いかけでは、子どもも答えに詰まってしまうことがあります。代わりに、「AとBという選択肢があるけれど、それぞれの良いところと難しいところは何だと思う?」「〇〇についてどう思う?」のように、考えるプロセスを促すような問いかけを試みてください。子どもが考えたことを否定せず、「そう考えたんだね」と一旦受け止める姿勢が重要です。
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目標設定の「練習」をサポートする 将来の大きな目標は、思春期の子どもにとって非現実的に感じられることがあります。まずは、部活動の目標、テストの目標、一日の過ごし方など、短期的な目標設定を一緒に考えてみることから始めましょう。目標設定の際に、
- 具体的な目標(何をするか)
- 計測可能な目標(どうなったら達成か)
- 達成可能な目標(無理のない範囲か)
- 関連性のある目標(自分にとって意味があるか)
- 期限のある目標(いつまでに達成するか) といった要素(SMART原則などを参考に)を含めて考えてみることで、目標設定の具体的なプロセスを学ぶことができます。
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失敗を許容する環境を作る 子どもが自分で決断し、その結果失敗したとしても、それを責めるのではなく、「なぜそうなったのか」「次にどうすれば良いか」を一緒に考える機会と捉えましょう。失敗は学びの貴重な機会です。失敗を恐れず挑戦できる環境があることで、子どもは安心して自分で決めることに取り組めるようになります。「失敗しても大丈夫だよ」「やり直すことはいつでもできる」というメッセージを伝えることが大切です。
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親自身の意思決定プロセスを見せる 親がどのように情報を集め、比較検討し、最終的な決定を下しているのか、そのプロセスを子どもに話してみるのも良い方法です。「お父さん(お母さん)は、〇〇を買う時に、△△と□□で迷ったんだけど、こういう理由で△△に決めたんだ」のように、親の思考過程を見せることで、子どもは意思決定の具体的なステップを学ぶことができます。
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過干渉を避け、見守る姿勢を大切に 子どもが自分で決める機会を奪わないよう、親は一歩引いて見守る勇気が必要です。子どもが悩んでいる時、すぐに答えを与えるのではなく、まずはじっくり話を聞き、共感を示しましょう。「困っているみたいだね」「何か手伝えることはある?」と声をかけつつも、最終的な決定は子ども自身に委ねます。子どもが助けを求めてきた時には、サポートを惜しまないことも重要です。
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成功体験を肯定的にフィードバックする 子どもが自分で決めて行動し、小さなことでも成功を収めた時には、具体的に褒め、その努力やプロセスを認めましょう。「自分で〇〇って決めて、最後までやりきったね」「自分で考えて行動できたことが素晴らしいね」のように、結果だけでなく、自分で決めたこと、行動したこと自体を肯定することで、子どもの自己効力感(自分にはできる、と思える気持ち)が高まります。
避けるべきNGな声かけ・行動
- 「早く決めなさい」「どうしていつまでも決められないの」と子どもを急かす、能力を否定する言葉
- 「お母さん(お父さん)が決めてあげるから大丈夫」と、子どもから考える機会を奪う行動
- 「あなたには無理」「どうせうまくいかない」といった、子どもの自信を損なう言葉
- 子どもが自分で決めたことに対して、後から「やっぱりこうすれば良かったのに」と否定する
応用・発展的な視点と長期的な関係
思春期の子どもが自分で物事を決めたり、目標を持ったりすることは、自己理解を深め、将来の自立に向けた重要なプロセスです。進路選択のような大きな決断に際しては、親は情報提供や選択肢の整理を手伝いつつも、最終的に決めるのは子ども自身であることを尊重することが求められます。子どもが自分で考え抜いて出した答えであれば、それがたとえ親の期待と異なっていても、まずは受け止め、応援する姿勢を示すことが、子どもの自己肯定感を育み、その後の人生における困難を乗り越える力につながります。
もし、子どもがあまりにも無気力に見えたり、自分で決めることへの強い不安から日常生活に支障が出ているようであれば、学校の先生やスクールカウンセラー、あるいは専門機関に相談することも選択肢に入れて良いでしょう。
まとめ
思春期の子どもが自分で決められない、決断できないように見えるのは、脳の発達段階や様々な心理的要因が関係する自然な過程の一部です。これは、子どもが親に依存したいわけでも、将来を真剣に考えていないわけでもありません。
親の役割は、子どもに代わって決めることではなく、子ども自身が「自分で考えて、判断し、決定し、行動する」という一連のプロセスを経験し、その力を育んでいくための環境を整え、サポートすることです。小さな選択の機会を与え、考えるプロセスを促す問いかけをし、失敗を恐れずに挑戦できる安全な場を提供することで、子どもは徐々に自分自身の力で未来を切り拓いていく自信を身につけていくでしょう。焦らず、子どものペースを尊重しながら、根気強く関わっていくことが、思春期の子どもとの信頼関係を深め、健全な自立を促す鍵となります。