思春期の子どもが公共の場でのマナーを守らない理由:心理学・脳科学から探る背景と親ができる具体的な声かけ・対応
思春期を迎えたお子様が、公共の場で周囲に配慮しない言動をとったり、ルールを守らない様子を見せたりすることがあり、どのように対応すれば良いかと悩まれる親御様もいらっしゃるかもしれません。家庭ではできていることも、一歩外に出ると様子が変わることに戸惑いや、周囲の目に対する気兼ねを感じることもあるでしょう。
なぜ思春期の子どもは、公共の場でのマナーや社会のルールを守ることが難しくなる場合があるのでしょうか。その背景には、思春期特有の脳と心の変化が深く関わっています。
思春期における脳と社会性の発達
思春期の子どもの脳は、大人と同じように成熟しているわけではありません。特に、前頭前野と呼ばれる脳の部位は、思考、判断、計画、衝動の抑制、他者の感情や状況を理解するといった高度な機能を担いますが、この前頭前野は思春期にかけて大きく発達を遂げる途上にあります。特に、状況に応じて適切な行動を選択したり、一時的な欲求を抑えたりする機能は、この時期にまだ十分に発達していないことがあります。
また、思春期には扁桃体(感情、特に恐怖や不安、怒りなどを司る部位)の活動が活発になる一方で、それを抑制する前頭前野の機能が追いついていないため、感情的な反応が強くなったり、衝動的な行動をとったりしやすくなります。公共の場でのマナーを守るには、自分の感情や欲求(例:友達との会話に夢中になる、スマホに集中したい)を抑え、周囲の状況を冷静に判断する必要がありますが、脳の発達段階がこれを難しくしている側面があるのです。
心理的な背景:自己意識と他者視点
思春期の子どもは、自己意識が非常に高まります。「周りからどう見られているか」を過度に気にし、格好つけたり、仲間内の評価を優先したりする傾向があります。同時に、まだ他者の視点に立って物事を考える他者視点取得能力が十分に発達していない場合もあります。そのため、自分の行動が周囲にどのような影響を与えるかを具体的に想像することが難しく、結果として無意識のうちにマナーから逸脱した行動をとることがあります。
また、仲間との一体感を重視するピアプレッシャー(仲間からの圧力)も影響します。友人との会話に夢中になり声が大きくなる、公共の場でふざけ合うといった行動は、仲間との関係性を築く上で重要だと感じている場合があり、マナーよりも仲間との同調を選んでしまうことがあります。
具体的な対応:感情的にならず、理由を伝える
公共の場でお子様のマナー違反に直面した際、親御様としては恥ずかしさや焦りから、その場で感情的に強く叱りつけてしまいたくなるかもしれません。しかし、思春期の子どもにとって、人前で感情的に叱責されることは強い反発心や羞恥心を生み、かえって関係を悪化させる可能性があります。
NGな対応例
- 人前で大声で𠮟りつける
- 他の子どもと比較して非難する
- 一方的に「ダメ」「やめなさい」と命令する
- 子どもの言い分を一切聞かずに決めつける
親ができる具体的な声かけ・対応
- その場でのクールダウン: まずは親御様自身が感情的にならないことが大切です。可能であれば、一度人気のない場所に移動するなどして、落ち着いて状況を把握します。
- 簡潔かつ具体的に注意を促す: その場では長々と説教せず、「電車の中では静かにしようね」「ここは走ると危ないよ」など、何が問題か、どうしてほしいかを簡潔に伝えます。「うるさい!」「いい加減にしなさい!」といった感情的な言葉は避けます。
- なぜそのマナーが必要なのかを伝える: 後で改めて落ち着いた状況で話す機会を設けます。「電車の中で騒ぐと、疲れている人や赤ちゃんを連れた人が困るよね」「博物館で走り回ると、大切な展示品を傷つけるかもしれないし、他の人がゆっくり見られなくなるかもしれないね」など、そのマナーやルールがなぜ存在するのか、その行動が他者にどのような影響を与えるのかを具体的に、子どもにも理解できる言葉で説明します。単なる禁止ではなく、理由を伝えることで、ルールの必要性を内面化しやすくなります。
- 子どもの視点に立って傾聴する: なぜそのような行動をとったのか、子どもの言い分を聞きます。「何か夢中になってたの?」「友達と話して楽しかったんだね」など、背景にある子どもの気持ちや状況を推測し、頭ごなしに否定せずに耳を傾けます。その上で、「楽しかったのはわかるけど、電車の中では話し声の大きさに気をつけられるともっと良いね」のように、共感を示しつつ改善点を伝えます。
- 一緒に考える姿勢を示す: 「次に同じような状況になったら、どうしたら周りに迷惑をかけずに済むかな?」と、子ども自身に解決策を考えさせる機会を与えます。自分で考えることで、主体性が育まれます。
- できた時に肯定的なフィードバックを行う: 公共の場でマナーを守って行動できた時には、「今日、電車の中で静かに座っていられて偉かったね。周りの人も気持ちよく過ごせたと思うよ」など、具体的に褒め、行動を強化します。
長期的な視点と社会性の育成
思春期における社会性や規範意識の形成は、一朝一夕に進むものではありません。脳の発達と共に、経験を積み重ねながら徐々に身についていきます。親御様は、お子様の行動の背景にある発達段階を理解し、根気強く関わっていく姿勢が求められます。
- 家庭内のルールを守る習慣: 家庭内での簡単なルール(食事の時間の約束、自分の部屋を片付けるなど)を守る経験は、社会全体のルールを守る上で基礎となります。
- 社会の多様性に触れる機会: 様々な立場の人々がいること、それぞれの人が異なるニーズや感情を持っていることを学ぶ機会(ボランティア活動、ニュースについて話し合うなど)を設けることも、他者への想像力を育む助けとなります。
- 親自身が模範を示す: 親御様自身が公共の場でマナーを守り、周囲に配慮する姿を見せることは、子どもにとって最も身近で効果的な学習機会となります。
まとめ
思春期の子どもが公共の場でのマナーやルールを守りにくい背景には、脳の発達段階や心理的な変化が複雑に絡み合っています。これは決して躾が行き届いていないという単純な問題ではなく、この時期の子どもに多く見られる自然な過程の一部とも言えます。
感情的な𠮾責は避け、なぜそのマナーが必要なのかを具体的に伝え、子どもの言い分にも耳を傾けながら、根気強く対話を重ねることが重要です。思春期は社会性を本格的に学んでいく大切な時期でもあります。親御様が理解を示し、適切なサポートを行うことで、お子様は公共の場での振る舞いを学び、社会の一員としての自覚を育んでいくことができるでしょう。すぐに完璧にならなくても、少しずつの成長を信じて関わりを続けてください。