思春期の子どもが多様な価値観を理解するには?脳の発達と社会性の心理から探る親ができる具体的な声かけ
思春期は、子どもたちが自分自身のアイデンティティを確立しようとする大切な時期です。同時に、自分を取り巻く社会や他者との関係性について深く考え始める時期でもあります。自分と違う考え方や文化を持つ他者とどのように向き合うか、多様な価値観をどのように理解するかは、この時期に育まれる重要な社会性のひとつです。
しかし、思春期の子どもたちは、まだ脳の発達が途上にあり、特に他者の視点に立ったり、複雑な状況を多角的に理解したりすることが難しい場合があります。そのため、自分と異なる意見や考え方に対して、強い反発を感じたり、戸惑ったりすることも少なくありません。親御さんとしては、子どもが偏見なく多様な世界を受け入れられるようになってほしいと願いながらも、具体的にどのように声をかけ、サポートすれば良いのか悩むことがあるかもしれません。
この記事では、思春期の子どもの脳の発達と社会性の心理を踏まえ、多様な価値観を理解するために親ができる具体的な関わり方について解説します。
思春期の子どもが多様な価値観の理解に難しさを感じる背景
思春期の子どもが多様な価値観の理解に難しさを感じることがあるのは、いくつかの要因が影響しています。
まず、脳の構造が大きく関わっています。思春期の脳は、感情や衝動を司る辺縁系が先に発達し、それを抑制したり、理性的に判断したりする前頭前野の発達が遅れて進行します。これにより、感情的な反応が先行しやすく、異なる意見や考え方に対してすぐに反発心を持ったり、「自分とは違う」と強く線を引いてしまったりすることがあります。
次に、心理的な側面として「同一性の確立」の過程があります。エリクソンの発達段階論によれば、思春期は「アイデンティティ(自我同一性)の確立」を目指す時期です。自分は何者で、どんな価値観を持っているのかを探る中で、自分と似た価値観を持つ仲間(ピアグループ)との絆を深めることに安心感を覚えやすくなります。自分と異なる価値観を持つ他者との違いは、自己のアイデンティティを揺るがすように感じられ、無意識のうちに避けたり、否定したりすることに繋がることがあります。
また、認知能力の発達に伴い、抽象的な思考ができるようになる一方で、理想と現実のギャップに悩むこともあります。社会にはさまざまな価値観が存在することを知る一方で、その複雑さや矛盾に直面し、どう理解して良いか分からなくなることもあります。
多様な価値観の理解を促す親の具体的な関わり方
思春期の子どもが多様な価値観を理解し、自分とは異なる他者を尊重できるようになるためには、親が一方的に「こうあるべきだ」と教え込むのではなく、共に考え、探求する姿勢を示すことが重要です。以下に具体的な関わり方のヒントをいくつかご紹介します。
1. 親自身が多様な価値観に触れる姿勢を示す
子どもは親の背中を見て育ちます。親自身が特定の価値観に固執せず、様々な文化や考え方、生き方に関心を持ち、それを楽しんでいる姿勢を見せることは、子どもにとって最も身近な「多様性」の学びの機会となります。例えば、普段読まないジャンルの本を読んでみたり、異文化に触れるドキュメンタリーを一緒に見たりするなど、日常の中に多様性を取り入れる工夫をしてみましょう。
2. 家庭内に多様な意見があることを受け入れる雰囲気を作る
家族の中にも、年齢や立場が違えば様々な意見や価値観が存在します。家庭内で自由に自分の意見を表現でき、それがたとえ他の家族と違っていても否定されずに受け止められる経験は、子どもが他者との違いを安全な場所で認識する練習になります。「お父さんはこう思うけど、あなたは違うんだね」「そういう考え方もあるんだね」といった声かけは、子どもが自分の意見を持つこと、そして他者との違いがあることを自然に受け入れる土壌を作ります。
3. 子どもが他者との違いに直面した際の「声かけ」のポイント
子どもが学校やメディアを通して、自分と異なる価値観を持つ他者や、理解しがたい出来事に直面した際の声かけは非常に重要です。
- まずは傾聴と共感: 子どもが感じた戸惑いや疑問、反発心などを、まずは否定せずに「そう感じたんだね」「驚いたんだね」と受け止め、共感の姿勢を示します。感情的な反応は、前頭前野の働きが未熟な思春期には自然なことであることを理解しましょう。
- 問いかけで思考を促す: 「どうしてそう思ったのかな?」「その人の立場からは、どうしてそういう言動になると思う?」など、問いかけを通じて子どもの思考を深めます。すぐに正解や親の意見を伝えるのではなく、子ども自身が様々な角度から考えられるように促します。
- 情報を提供し、視野を広げる: 子どもが触れた情報だけでは理解が難しい場合、補足的な情報を提供したり、関連する別の視点を紹介したりします。例えば、ある文化や歴史的背景を知ることで、特定の価値観が生まれた理由が理解できることがあります。ただし、これは「こう考えるべきだ」という押し付けにならないように注意が必要です。
- 一方的な否定や決めつけをしない: 「そんな考え方は間違っている」「普通はこうするものだ」といった一方的な否定や決めつけは、子どもの思考を停止させ、多様性を受け入れる心を閉ざしてしまう可能性があります。正解が一つではないことを伝え、様々な考え方があることを示唆します。
4. メディアリテラシーの視点を育む
インターネットやSNSは多様な情報に触れる機会を増やしましたが、同時に偏った情報や誤解を生む情報も氾濫しています。子どもと一緒にニュースやSNSでの議論などを見て、「この情報は誰が、どのような目的で発信しているのだろう?」「他の視点から見るとどうだろう?」などと話し合うことは、情報を選別し、多角的に物事を見る力を養います。
5. 特定の差別や偏見に触れた場合の対応
もし子どもが特定の属性に対する差別的な言動や偏見に触れた場合は、それがなぜ問題なのかを具体的に、しかし感情的にならずに説明します。単に「ダメだ」と禁止するのではなく、「あの人の言葉は、こういう背景を持つ人を傷つけてしまう可能性があるんだよ」「歴史的にこういうことがあって、今でも差別で苦しんでいる人がいるんだ」など、事実や背景を交えて伝えることで、子どもはより深く理解することができます。
まとめ
思春期に多様な価値観を理解する力は、将来子どもたちが複雑な社会で他者と共生していく上で非常に重要です。思春期の子どもたちは、脳や心の成長段階ゆえに、多様性を受け入れることに難しさを感じることもありますが、それは決して悪いことではありません。
大切なのは、親が子どもの戸惑いや疑問を否定せず、まずは共感的に受け止め、対話を通じて共に考え、子ども自身が自分なりの答えを見つけられるようサポートすることです。親自身が多様性を尊重する姿勢を見せ、家庭を安心できる話し合いの場とすることで、子どもは少しずつ視野を広げ、自分とは異なる他者を理解し尊重する力を育んでいくことができるでしょう。このプロセスはすぐに結果が出るものではありませんが、根気強く関わりを続けることが、子どもの心の成長を促します。