思春期の子どもが「親はわかってくれない」と感じる理由:心理学と脳科学から探る背景と、親ができる具体的なコミュニケーション
思春期を迎えたお子さんとの間で、「どうして親は私の気持ちをわかってくれないのだろう」というお子さんの不満や、「どうしてこの子の考えていることが理解できないのだろう」という親御さんの戸惑いを感じることは少なくないかもしれません。かつては通じ合えていると感じていたのに、思春期に入った途端に心の距離ができてしまったように感じることもあるでしょう。
この「分かり合えない」という感覚は、思春期という特定の時期における脳の発達と心理的な変化に深く根ざしています。お子さんが親に「わかってくれない」と感じる背景を理解することは、コミュニケーションの糸口を見つける上で非常に重要です。
思春期の子どもが「わかってくれない」と感じやすい背景
思春期は、脳が大きく再構築される重要な時期です。特に、感情や衝動を司る辺縁系(扁桃体など)が先行して発達する一方で、論理的思考、感情の制御、他者の視点理解などを担う前頭前野の発達はまだ途上にあります。この発達のアンバランスが、思春期特有の感情の揺れ動きや、衝動的な行動、そして他者とのコミュニケーションにおける課題を生み出します。
- 自己中心性の再燃: 乳幼児期とは異なる形ですが、思春期には再び自己中心的な思考が見られることがあります。これは、自分の内面世界や友人関係に強い関心が向き、他者(特に親)の立場や意図を正確に推測したり、共感したりすることが難しくなるためです。親の言動を、自分の視点や感情を通してのみ解釈しやすくなります。
- 心理的離乳と自立心の芽生え: 親からの精神的な独立を目指すこの時期は、親との一体感から距離を取り、自分自身の価値観や考え方を確立しようとします。そのため、親のアドバイスや心配が、自分の自立への阻害や否定のように感じられることがあります。「自分で決めたい」「干渉されたくない」という気持ちが強く、親の提案を「自分の考えを理解してくれていない証拠」と受け止めてしまう可能性があります。
- 認知の歪みと拡大解釈: 前頭前野の機能が未熟なため、情報処理に偏りが見られることがあります。親の些細な言葉や態度を否定的に捉えたり、文脈を無視して拡大解釈したりすることがあります。例えば、親が安全を心配して言った一言を「信用されていない」と感じるなどです。
- 言葉にならない複雑な感情: 思春期は内面が複雑に揺れ動く時期ですが、それを言葉で表現する能力はまだ発達段階にあります。自分の感じていることや考えていることをうまく説明できないもどかしさが、「どうせ言ってもわかってもらえない」という諦めや不満につながることがあります。
親ができる「分かり合える」ための具体的なコミュニケーション
では、このような思春期の子どもの心理や脳の発達を踏まえ、親はどのように関われば良いのでしょうか。完全に「分かり合う」ことは難しくても、理解しようと努める姿勢を示し、心の距離を縮めるための具体的なステップがあります。
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まずは「聴く」姿勢を徹底する
- アクティブリスニング: お子さんの話に真摯に耳を傾け、相槌を打ったり、「〜ということかな?」と要約したりして、理解しようとしている姿勢を示します。話を遮ったり、すぐに反論したり、評価を下したりしないようにします。心理学において、相手が安心して話せる環境を作る第一歩とされています。
- 感情のラベリング: お子さんが感情的に話しているときは、「それは悔しかったね」「つらかったんだね」のように、お子さんの感情を言葉にして返してあげることが有効です。これにより、お子さんは自分の感情を親が受け止めてくれていると感じやすくなります。
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「I(私)」メッセージで伝える
- お子さんの行動を非難する「You(あなた)」メッセージ(例:「どうしていつもそうなの!」)ではなく、「I(私)」メッセージ(例:「あなたが夜遅くまで起きていると、私は心配になるよ」)で、親自身の気持ちや状況を伝えます。これにより、お子さんは責められていると感じにくくなり、耳を傾けやすくなります。
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開かれた質問をする
- はい/いいえで答えられる閉じた質問(例:「学校、楽しかった?」)ではなく、「今日、一番心に残ったことは何だった?」のように、お子さんが自由に考えや感情を話せるような開かれた質問をします。ただし、矢継ぎ早に質問攻めにするのではなく、お子さんのペースに合わせてゆっくりと話を聞き出す姿勢が大切です。
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完璧な理解を目指さないことを受け入れる
- 親御さん自身が、思春期の子どものすべてを理解することは不可能であることを受け入れることも重要です。脳の発達段階や心理的な変化により、親世代とは全く異なる感覚や価値観を持つのが自然なことなのです。「すべてを理解できなくても、あなたの気持ちを尊重したいと思っているよ」というメッセージを伝える方が、お子さんには安心感を与えます。心理学では、相手との間に健全な境界線を設けることの重要性が指摘されます。
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非言語コミュニケーションを意識する
- 話を聞く時の表情、声のトーン、姿勢などもお子さんは敏感に感じ取ります。忙しそうにしながら話を聞いたり、不機嫌そうな態度で接したりすると、「結局、私のことには関心がないんだ」と感じさせてしまいます。落ち着いた穏やかなトーンで、お子さんの目を見て話を聞くように心がけます。
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小さな合意点や共感できる点を見つける
- 意見が全く合わない場合でも、お子さんの話の中に少しでも共感できる点や、理解できる部分があれば、それを具体的に伝えます。「〜というあなたの考え方は、よくわかる部分もあるよ」「〜の点については、お母さんも同じように感じるな」などです。これにより、お子さんは「全くわかってもらえないわけではないのかもしれない」と感じることができます。
応用・発展的な視点
お子さんが「わかってくれない」と感じているサインは、必ずしも言葉で明確に表現されるわけではありません。態度、表情、行動など、非言語的なサインにも注意を払うことが重要です。お子さんが何か話したがっているサインを見つけたら、忙しくても少し手を止めて、お子さんが話し始めるのを待つ時間を作ってみてください。
また、「分かり合えない」と感じる状況そのものを、親子関係の失敗と捉える必要はありません。思春期における「分かり合えない」という経験は、お子さんが親とは異なる一人の人間として自己を確立していく自然なプロセスの一部です。親御さんがその過程を理解しようと努め、対話を続けようとする姿勢を見せること自体が、お子さんにとって大きな安心となり、将来的な深い信頼関係の基盤となります。
まとめ
思春期の子どもが親に「わかってくれない」と感じやすいのは、脳の発達段階や心理的な自立プロセスに起因する自然な側面があります。親御さんは、この時期の特性を理解した上で、お子さんの話を「聴く」姿勢を第一にし、「Iメッセージ」の使用、開かれた質問、そして完全に理解できなくても尊重する姿勢を示すといった具体的なコミュニケーションを心がけることが重要です。一時的に分かり合えないと感じることがあっても、対話を諦めず、お子さんの成長プロセスを見守り、理解しようと努める親御さんの姿勢こそが、お子さんの心の支えとなります。